各国の精神保健福祉施策の歴史を見ていきましょう。
諸外国の精神保健福祉
アメリカ
アメリカにおける精神保健福祉のターニングポイントは、1963年の「ケネディ大統領教書」です。
「精神疾患及び知的障害に関する大統領教書(ケネディ大統領教書)」により脱施設化が大きく進み、精神科病院が解体され、地域精神保健センターが整備されました。
1940年代、ニューヨークの精神科病院を退院した人たちが「私たちは一人ぼっちではない(We are not alone)」を合言葉に自助グループを作り、その居場所として初のクラブハウス「ファウンテンハウス」を作りました。この活動をキッカケにしてできたクラブハウスモデルは、精神障害者のリハビリテーションモデルとして、精神障害のある利用者(メンバー)とスタッフが協働するコミュニティと位置づけられています。
福祉系資格については、1955年に「認定ソーシャルワーカー(ACSW)」資格が創設されます。
そして近年、アメリカでは自らのリカバリーの体験を生かして、リカバリーの途上にある人へ支援をする「ピアスペシャリスト」が職業として認知されています。
さらに、ピアスペシャリストをそれぞれの州が認定をした「認定ピアスペシャリスト」という新たな職種も生まれています。
この「認定ピアスペシャリスト」は2000年にジョージア州で制度化されたのがはじまりで、2004年に「全米ピアスペシャリスト協会(NAPS)」、2006年には「ピアスペシャリスト全米同盟(PSAA)」が設立されています。
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アメリカの精神保健福祉のターニングポイントは「ケネディ大統領教書」であること、そして「認定ソーシャルワーカー」と「認定ピアスペシャリスト」は覚えておいてね。
イギリス
1950年代、マックスウェル・ジョーンズ(Jones, M.)が、精神医学に治療共同体(TC:Therapeutic Communities)の概念を導入します。「治療共同体」とは、病院のスタッフと患者を1つのコミュニティととらえ、治療者と患者で構成されるグループミーティングや患者同士の自助グループなど、共同で回復を目指す仕組みです。ジョーンズは精神科病院の全ての資源が治療共同体を作り上げるために、いかに組織されるかについて論じました。
1990年のサッチャー政権時代に「国民保健サービスおよびコミュニティケア法」が成立し、地方自治体がコミュニティケアの責任を担うことになり、ケアマネジメントが導入されました。
その後、以下の年表を見てわかるように、ケアラー(介護者)支援が積極的に進められていきます。
1995年に「介護者法」が制定され、介護者の支援を保障します。
1999年の「精神保健に関するナショナル・サービス・フレームワーク(NSF)」では、10年計画として、積極的アウトリーチや家族ケアラー支援等の充実が謳われました。
ヤングケアラーと呼ばれる若くして家族の介護を行う子供たちへの支援は、イギリスが最先進国となっています。
1995年 「介護者(認識とサービス、ケアラーズアクト)法」制定
1999年 「精神保健のためのナショナル・サービス・フレームワーク(NSF、10年計画)」
2000年 ケアラ―ズ及び障害児法(サービスに代わる現金給付、休暇のバウチャー制度など)
2004年 ケアラ―ズ機会均等法(家族に労働、余暇活動の参加意思について確認)
フランス
フランスでは、精神科医療に代わり「セクター制度」が導入され、脱施設化が大幅に進みました。
これは一定の人口規模(約7万人)ごとにセクターを設け、そのセクターを統括する精神科医長に大きな裁量権を与え、精神科病床や施設を配置し治療と生活支援を一体的に実施するものです。
イタリア
イタリアでは1968年に「法律第431号」が成立し、精神科病院の自発的入院を認め、強制入院後も自発的入院に切り替えることができるようになりました。また、精神衛生サービスを実施する精神衛生センターが規定されました。
イタリアの精神保健福祉のキーパーソンはフランコ・バザーリア(Basaglia,F.)です。
彼は、1978年に世界初の精神科病院廃絶法である「法律第180号(通称:バザーリア法)」の制定に尽力しました。
バザーリア本人の名で呼ばれるこの法律では、精神科病院の新設、すでにある精神科病院への新規入院、1980年末以降の再入院を禁止し、予防・医療・福祉は原則として地域精神保健サービス機関で行うこととし、治療は患者の自由意志のもとで行われるという内容です。
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イタリアの精神保健福祉といえば、この「バザーリア法」だね。世界初の精神病院廃絶法であることを押さえておいてね。
イタリアでは精神科病院廃止によって地域で暮らし始めた精神障害者たちが、支援者と協働で創出した雇用の場としてソーシャルファームが始まりました。
ニュージーランド
ニュージーランドの精神保健福祉は、1960年代まで大規模な国立精神科病院で入院治療中心でしたが、脱施設化へ向かっていきます。
その後のニュージーランドの精神保健福祉を語る上で、キーパーソンになるのがオヘイガン(OʼHagan,M.)という人です。彼女はもともと精神疾患を患っていて、その経験から「当事者運動」を始めます。1990年、オヘイガンは「精神科サバイバー・ネットワーク」立ち上げ、1998年にはNZ政府の精神保健委員会(Mental Health Commission:MHC)の初代委員になります。
1994年には「ルッキング・フォワード」が発表され、それまでの地域資源の不足を踏まえて、地域ベースの包括的な精神保健サービスの提供などの精神保健サービスの基準が示されました。
1998年、精神保健委員会(MHC:Mental Health Commission)が設立され、リカバリーの概念を全てのサービスの基盤にすることを明示したサービス開発計画「ブループリント」が発表されます。委員を務めていたオヘイガンはリカバリーの概念を全てのサービスの基盤と考え、ブループリントに盛り込みました。
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ブループリントは、「青写真、設計図」のことだね。
ニュージーランドの精神保健福祉では、オヘイガンの「当事者運動」と「ブループリント」を覚えておいてね。
・1998年 精神保健委員会(MHC)より「ブループリント」が発表
・2001年 「地域支援ワーカー」という国家認定資格スタート
カナダ
2006年にカナダ連邦政府による精神保健の政策レポート「ついに闇からの脱出(OUT OF THE SHADOWS AT LAST)」が公表され、ほぼすべての州で脱施設化政策が完了しました。
中国
中国では、2006年に福祉専門職である「社会工作師」が国家資格化されています。
大学レベルで「社会工作師」の養成が行われていますが、給与が低いなどの問題で福祉職に就く人は少ない状態です。
韓国
韓国では、精神障害者の長期収容や人権侵害が社会問題になっており、1995年に「精神保健法」という法律ができます。
精神保健法第7条には「精神保健専門要員(精神健康専門要員)」が規定されており、1998年に各保健所に精神保健専門要員を配置しました。
精神保健専門要員は、精神保健社会福祉士、精神保健看護師、精神保健臨床心理士の3専門職で構成されています。
過去問
第23回 問題36
次のうち、諸外国の精神保健医療福祉領域において資格化されている人材として、正しいものを2つ選びなさい。
この問題は出題時に「正しいものを1つ選びなさい」という問題だったので不適切問題になりました。
1 ニュージーランドにおける地域支援ワーカー
2 韓国における社会工作師
3 アメリカにおける認定ソーシャルワーカー
4 イギリスにおける認定ピアスペシャリスト
5 中国における精神保健専門要員
1 ニュージーランドにおける地域支援ワーカー
正しいです。
2 韓国における社会工作師
間違いです。社会工作師は中国です。
3 アメリカにおける認定ソーシャルワーカー
正しいです。
4 イギリスにおける認定ピアスペシャリスト
認定ピアスペシャリストを資格化しているのはアメリカです。
5 中国における精神保健専門要員
間違いです。精神保健専門要員は韓国です。
第22回 問題36
諸外国の精神保健医療福祉の脱施設化及び地域ケアの歴史に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 イギリスでは、「精神保健に関するナショナル・サービス・フレームワーク」により、積極的アウトリーチや家族ケアラー支援等の充実を図った。
2 ニュージーランドでは、「セクター制度」により、一定の人口規模ごとに、精神科病床、施設を配置し、治療と生活支援を一体的に実施した。
3 アメリカでは、精神保健サービス計画「ブループリント」を策定し、リカバリー概念をサービスの基盤とすることを明示した。
4 イタリアでは、「精神疾患及び知的障害に関する大統領教書」により、精神科病院を解体し、地域精神保健センターを整備した。
5 フランスでは、「法律第180 号」により、精神科病院への新たな入院を禁止し、地域ケアと外来医療中心に転換した。
1 イギリスでは、「精神保健に関するナショナル・サービス・フレームワーク」により、積極的アウトリーチや家族ケアラー支援等の充実を図った。
正しいです。イギリスはケアラー支援の最先進国です。
1999年に「精神保健に関するナショナル・サービス・フレームワーク」という精神保健に関する10年計画が発表され、7つの基準が示されました。
また、1995年に「介護者法」、2004年に「ケアラーズ機会均等法」が制定されました。
2 ニュージーランドでは、「セクター制度」により、一定の人口規模ごとに、精神科病床、施設を配置し、治療と生活支援を一体的に実施した。
間違いです。これはフランスの内容です。
3 アメリカでは、精神保健サービス計画「ブループリント」を策定し、リカバリー概念をサービスの基盤とすることを明示した。
間違いです。これはニュージーランドの内容です。オヘイガンの功績です。
4 イタリアでは、「精神疾患及び知的障害に関する大統領教書」により、精神科病院を解体し、地域精神保健センターを整備した。
間違いです。これはアメリカの内容です。「ケネディ大統領教書」と書いてしまうとすぐにアメリカとわかってしまいますね。
5 フランスでは、「法律第180 号」により、精神科病院への新たな入院を禁止し、地域ケアと外来医療中心に転換した。
間違いです。これはイタリアの内容です。「バザーリア法」ですね。
第17回 問題36
諸外国の精神保健医療福祉政策に関する次の組み合わせのうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 イタリア ー ケネディ大統領教書(1963年)
2 アメリカ ー 法律180号(バザーリア法)(1978年)
3 ニュージーランド ー 国民保健サービス及びコミュニティケア法(1990年)
4 韓国 ー 精神保健法(1995年)
5 イギリス ー ブループリント(1998年)
1 イタリア ー ケネディ大統領教書(1963年)
間違いです。ケネディ大統領教書はアメリカの政策です。
2 アメリカ ー 法律180号(バザーリア法)(1978年)
間違いです。バザーリア法はイタリアの政策です。
3 ニュージーランド ー 国民保健サービス及びコミュニティケア法(1990年)
間違いです。国民保健サービスおよびコミュニティケア法はイギリスの政策です。
4 韓国 ー 精神保健法(1995年)
正しいです。
5 イギリス ー ブループリント(1998年)
間違いです。ブループリントはニュージーランドの政策です。
第24回 問題75
- 次の記述のうち、諸外国における精神保健福祉に関する説明として、正しいものを1つ選びなさい。
1 アメリカでは、精神科病院の新設を禁止する法律第180号が制定された。
2 イタリアでは、「ついに闇からの脱出」が政府から発表された。
3 ニュージーランドでの当事者活動がクラブハウスモデルの起源である。
4 オーストラリアが起源となって、アンチスティグマプログラムとして「Open the Door」が発案された。
5 韓国では、精神保健福祉に関わる専門職として、精神健康専門要員が位置づけられている。
1 アメリカでは、精神科病院の新設を禁止する法律第180号が制定された。
誤りです。法律第180号はイタリアです。
2 イタリアでは、「ついに闇からの脱出」が政府から発表された。
誤りです。「ついに闇からの脱出」は、2006年に発刊されたカナダ連邦政府によるレポートです。
3 ニュージーランドでの当事者活動がクラブハウスモデルの起源である。
誤りです。クラブハウスモデルの起源は、1940年代にニューヨークの精神科病院を退院した人たちが自助グループを作り、初のクラブハウスを設立したことから始まっています。
4 オーストラリアが起源となって、アンチスティグマプログラムとして「Open the Door」が発案された。
誤りです。アンチスティグマプログラムは、1996年に世界精神医学会(WPA)が始めた、統合失調症に対する偏見や差別と闘うプログラムです。
5 韓国では、精神保健福祉に関わる専門職として、精神健康専門要員が位置づけられている。
正しいです。精神健康専門要員は、精神保健専門要員ともいいます。
第25回 問題36
- 次の記述のうち、第二次世界大戦後のアメリカの精神保健福祉に関する説明として、正しいものを1つ選びなさい。
1 クラブハウスモデルとしてファウンテンハウスが設立された。
2 精神科病院中心の医療からセクター制度への転換が進められた。
3 法律第180号を制定して公立精神科病院の閉鎖を国の政策とした。
4 精神科サバイバー・ネットワークがオヘイガン(O’Hagan, M.)らによって立ち上げられた。
5 「精神保健に関するナショナル・サービス・フレームワーク」が公表された。
1 クラブハウスモデルとしてファウンテンハウスが設立された。
これが正解です。クラブハウスモデルはアメリカで生まれました。
2 精神科病院中心の医療からセクター制度への転換が進められた。
誤りです。セクター制度はフランスの精神科医療システムです。
3 法律第180号を制定して公立精神科病院の閉鎖を国の政策とした。
誤りです。法律第180号はイタリアの施策です。
4 精神科サバイバー・ネットワークがオヘイガン(O’Hagan, M.)らによって立ち上げられた。
誤りです。これはニュージーランドの活動です。
5 「精神保健に関するナショナル・サービス・フレームワーク」が公表された。
誤りです。これはイギリスの施策です。
第26回 問題36
- 次の記述のうち、諸外国における精神保健医療福祉の歴史に関する内容として、正しいものを1つ選びなさい。
1 ニュージーランドでは、自発的入院を認めた「法律第431号」が成立した。
2 アメリカでは、精神保健サービスの基準を示す「ルッキング・フォワード」が公表された。- 3 イタリアでは、公立精神科病院を解体する「精神疾患および知的障害者に関する大統領教書」が公表された。
4 フランスでは、精神保健政策を示した「ついに闇からの脱出」が公表された。
5 イギリスでは、ケアマネジメントを導入する「国民保健サービス及びコミュニティケア法」が成立した。
1 ニュージーランドでは、自発的入院を認めた「法律第431号」が成立した。
誤りです。「法律第431号」は1968年にイタリアで成立しました。
2 アメリカでは、精神保健サービスの基準を示す「ルッキング・フォワード」が公表された。
誤りです。「ルッキング・フォワード」が発表されたのはニュージーランドです。
3 イタリアでは、公立精神科病院を解体する「精神疾患および知的障害者に関する大統領教書」が公表された。
誤りです。「精神疾患および知的障害者に関する大統領教書」は1963年にアメリカのケネディ大統領が議会に提出した「ケネディ教書」のことです。
4 フランスでは、精神保健政策を示した「ついに闇からの脱出」が公表された。
誤りです。「ついに闇からの脱出」が公表されたのはカナダです。
5 イギリスでは、ケアマネジメントを導入する「国民保健サービス及びコミュニティケア法」が成立した。
これが正解です。
次の記事
次は、精神保健福祉法について詳しく見ていきます。
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