ソーシャルワークの間接援助技術には、ソーシャルワーク・リサーチがあります。社会調査もソーシャルワーカーの重要な役割なのです。社会調査は量的調査と質的調査に分けられますが、ここからは量的調査について学んでいきます。
標本調査と全数調査
量的調査は、たくさんの人にアンケートなどを実施して統計的な評価結果から仮説を証明して因果関係を明らかにするものです。基本的には調査したい人全員に対して行うのではなく、一部の「標本」を抽出して統計処理して全体を類推します。
例えば、全国で糖尿病の人が何人いるかを調査したい場合、全員に調査することは労力やコストの面からも現実的ではありません。
国民全員から何百人とか何千人とかを抽出して、その結果から国民全体という母集団を統計的に類推するのです。
集団全員に対して行う全数調査はあまり行われませんが、全数調査の一例として国勢調査が挙げられます。
国勢調査は国民全員に対して5年に1回実施されます。西暦の末尾が0の年は大規模調査、末尾が5の年は簡易調査が行われ、2015年の簡易調査からはインターネット調査も行われています。
全数調査は「悉皆(しっかい)調査」とも呼ばれることも覚えておきましょう。
無作為抽出法と有意抽出法
全数調査では全員に対して調査すればよいのですが、標本調査では標本を選ばなければなりません。
どのような方法で抽出するかで2通りあります。
無作為に抽出してランダムに選ばれるようにする無作為抽出法と、抽出する際に何か特定の意図を介入させる有意抽出法です。
母集団の代表性を確保するためには、当然、無作為抽出の方が優れていますが、時間や労力がかかるという欠点があります。
一方で有意抽出法では母集団の代表性が確保されにくいですが、時間や労力は少なくて済みます。
無作為抽出法(確率標本抽出)
無作為抽出法はその名の通り無作為に標本から抽出する方法ですが、いくつか種類があります。
単純無作為抽出法
単純無作為抽出法は、通し番号を付与して乱数表等で標本を抽出する方法で、完全にランダムなので母集団を推定する精度は高いですが、母集団が大きくなると作業時間が長くなるデメリットがあります。
系統抽出法(等間隔抽出法)
系統抽出法は抽出を始めるスタート番号のみ乱数表で決定し、残りは等間隔に抽出します。
自動的に抽出されていくので作業時間は短縮できますが、リストがもし一定周期で何らかの規則性に沿って配列されていたりしたら偏って抽出されてしまう恐れがあります。
層化抽出法
層化抽出法は、あらかじめ分かっている母集団の特性に基づいて母集団を層化し、母集団の構成比率と等しくなるように各層から抽出する標本の数を割当て、無作為に抽出する方法で、抽出精度が高くなります。
例えば、ある母集団の男女比が3:1と分かっていた場合、男性と女性の母集団に分けて、男性の方は女性の3倍の標本を抽出すれば、より抽出がランダムになります。


母集団の推定に最も有効なのは単純無作為抽出だという理解で、ほぼ間違っていませんが、あらかじめわかっている母集団の情報をうまく利用すれば、層化抽出の方が単純無作為抽出より母集団に近いサンプルを取り出せるよ。
多段抽出法
多段抽出法は、母集団から直接標本を抽出するのではなく、母集団をいくつかの標本の集り (クラスター) に分けてそのクラスター単位で抽出し、次にそのクラスターの中からさらにクラスターを作って抽出します。
このように段階に分けて抽出する方法を多段抽出法といいます。
例えば全国規模で多段抽出を行う場合、全国の自治体から無作為に(例えば)100の自治体を抽出したとします。
さらにその自治体の中から(例えば)10の地域を絞り込みます。
さらにその選ばれた地域の中から(例えば)10人ずつ抽出します。
これで100×10×10=10000人のサンプルが抽出できたことになります。
いきなり全国から10000人のサンプルを抽出するのは、無作為に行うのが非常に難しく、全ての人に通し番号をつけて乱数表から選択するなどは非常に手間がかかりますので、多段抽出を用いれば標本抽出が楽ですし、居住地がある程度固まっているので調査自体も楽です。
ただし絞り込み方法を誤ると母集団の代表性を確保できませんので注意が必要です。
有意抽出法(非確率標本抽出)
有意抽出法は、さきほどの無作為抽出の逆で、なんらかの条件に基づいて抽出されます。
抽出が容易になるメリットはありますが、抽出される標本は母集団を代表するものにはなりません。
なので予備調査やおよその動向を探る際に用いられます。
機縁法(縁故法)
機縁法は、調査に協力してくれる人を、人を介して探す方法です。
特に人から人へ紹介をつないでいく方法を雪だるま法(スノーボールサンプリング)といいます。その関係者に偏った抽出なので有意抽出法です。
割当法
割当法は、標本として選ぶべき調査対象の数を、年齢や性別などの属性ごとに指定しておき、その条件が満たされるまで任意の調査対象を選び出す方法です。例えば各年代、各性別に均等にサンプルが欲しい場合、そうなるまでサンプリングを繰り返すということです。
まとめ


標本誤差と非標本誤差
標本誤差とは標本抽出を行う時に、全数調査をしない限りは100%母集団を表す結果にならないために生じる誤差のことです。
たくさんサンプルを抽出して全数調査に近づけていけば標本誤差は小さくなっていきます。
非標本誤差は測定時に入り込んでくる測定誤差などで、全数調査をしても必ず発生します。
標本を多くして母集団に近づけていくと標本誤差は小さくなっていきますが、不適切な尺度の使用、質問の意味の取り違え、虚偽の回答など標本抽出に起因しない非標本誤差(測定誤差)が一定割合で入ってきます。
つまり全数調査をすれば標本誤差は無くなりますが、測定誤差はなくなりません。
誤差の種類 | 全数調査 | 標本調査 |
---|---|---|
非標本誤差 | 有 | 有 |
標本誤差 | 無 | 有 |
横断調査と縦断調査
横断調査は、ある一時点でデータを収集するのに対して、縦断調査は時系列でデータを収集します。
縦というのは時間軸のことなのですね。
ある集団に対して、1カ月毎に数回の調査をするとか、ですね。
縦断調査はその対象によって以下の3種類に分けられます。
パネル調査
パネル調査は、同一の調査対象に対して継続的に調査する手法です。パネル調査では同一の調査対象を追いかけるので、その対象が調査に協力しなくなったり死亡したりする可能性があり、調査対象は減る可能性があります。これをパネルの摩耗といいます。
コーホート調査(コホート調査)
コーホート調査(コホート調査)は、同じ時期に生まれた人など、共通の属性をもつ集団の中からサンプルを選び調査を繰り返す手法です。
トレンド調査(動向調査)
トレンド調査(動向調査)は、調査対象の属性を定義し、その定義に該当するサンプルに対して調査を繰り返す手法(国勢調査や小学6年生を対象とする毎年の全国学力テスト等) です。
いずれも縦断調査なので時間経過で複数回調査します。

パネル調査では同じ対象を追いかけるんだけど、トレンド調査は同じ対象ではないね。小学6年生を対象とする毎年の全国学力テストでは、小学6年生という属性を決めておいて、毎年6年生は入れ替わるからね。
様々な効果測定法
単一事例実験計画法(シングル・システム・デザイン)
シングル・システム・デザインはシングル・ケース・デザインとも呼ばれ、1事例で介入(インターベンション)の効果を測定する方法です。
介入を行なう前(ベースライン期)と、介入を受けた後(インターベンション期)の状態を、時間の流れに沿って繰り返し観察することによって、問題の変化と援助との因果関係を捉えます。
シングル・システム・デザインには以下のような様々な形態があります。
・A-Bデザイン
「A」=ベースライン期、「B」=インターベンション期として、AとBの比較を行う最もシンプルな方法です。
・A-B-Aデザイン
ベースライン期から介入してインターベンション期に移行した後、再び介入を止めてベースライン期に戻る形態です。
元に戻ってしまうので実践的には意味がなく、倫理的にも問題が生じる場合もあります。
・A-B-A-Bデザイン
一度介入し、介入を止めてベースラインに戻した後、さらに介入して効果を確認します。
介入による効果の確認と、その効果の定着を図ります。
・B-A-Bデザイン
介入期から測定を開始し、介入中断後、介入を再開する形態です。
測定期間中に支援を一旦中止してベースラインに戻し、再び介入します。
・A-B-Cデザイン
ベースライン期から介入した後、別の「C」という介入を行う形態です。
集団比較実験計画法(集団比較実験デザイン)
集団比較実験計画法は、調査対象を、介入する「実験群」と、介入しない「統制群」に分けて、2つの群を比較することにより介入の効果を明らかにしようとする手法です。
対象者を無作為に実験群と統制群に分ける試験を、無作為化比較試験(ランダム化比較試験)といいます。
シングル・システム・デザイン法に比べて介入と変化の因果関係を捉えて結果を一般化できます。

シングル・システム・デザイン法は個別ケースを扱うので一般化できないけど、クライエントへの説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことはできるね。
断面的事例研究法(クロスセクショナル事例研究法)
断面的事例研究法は、1回だけ(ある一時点)の調査を行う横断調査を用いる方法です。ある一時点での調査なので因果関係を検討するのには適さないので、効果測定には向きません。
グランプリ調査法
グランプリ調査法は、複数の援助方法により分けられたグループ間を比較して各援助方法の効果を比較検証する方法です。
メタ・アナリシス法
メタ・アナリシス法は、特定の援助方法に関する多くのデータから、その援助方法の効果を統合的に比較検証する方法です。
まとめ
事例数 | 調査対象 | 援助方法 | 形態など | |
---|---|---|---|---|
単一事例実験計画法 |
1 | 個人or家族 (小集団) |
1 |
A-Bデザイン A-B-Aデザイン A-B-A-Bデザイン B-A-Bデザイン等 |
集団比較実験計画法 (集団比較実験デザイン) |
実験群・統制群 | 1 | ||
断面的事例研究法 | ある一時点 | |||
グランプリ調査法 | 複数 | 複数 | 複数の援助方法を比較 | |
メタ・アナリシス法 | 複数 | 複数 | 1 (複数) |
過去に行われた複数の事例を統合化 |
過去問
第20回 問題69
Q市の障害福祉課は、障害福祉計画の作成に当たり精神保健福祉に関する住民の意識を把握するため、市民3,000名に対して郵送自記式の質問紙調査を行った。調査の対象者は、100ある選挙の投票区のうちから無作為に30区を選び、次に、30の投票区における住民基本台帳から100人ずつを無作為に選んだ。この調査結果では、心の健康について、市民の関心の高さが明らかになった。
次のうち、この調査で使われた社会調査の手法として、正しいものを1つ選びなさい。1 無作為化比較試験( RCT:Randomized Controlled Trial )2 多段抽出法3 ミックス法4 縦断調査5 シングルシステムデザイン
選択肢2が正解です。選択肢3のミックス法は量的調査と質的調査を合わせた調査法です。
第24回 問題69
- 次のうち、社会調査における無作為化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)に関する記述として、正しいものを1つ選びなさい。
1 質的調査として実施される。
2 対象者の無作為抽出が前提条件である。
3 対象者が二つの群に無作為に割り付けられる。
4 一つの群の繰り返し測定を行う調査法である。
5 理論的サンプリングが行われる。
1 質的調査として実施される。
誤りです。無作為化比較試験は質的調査ではありません。
2 対象者の無作為抽出が前提条件である。
誤りです。対象者の無作為抽出ではなく、実験群と統制群への振り分けが無作為になります。
3 対象者が二つの群に無作為に割り付けられる。
正しいです。
4 一つの群の繰り返し測定を行う調査法である。
誤りです。一つの群の繰り返し測定を行う調査法は縦断調査です。
5 理論的サンプリングが行われる。
誤りです。理論的サンプリングが行われるのは、質的調査のグラウンデッドセオリーアプローチです。
第21回 問題69
地域で連携している3か所の精神科病院のデイケアで、SSTの効果を確かめるために調査を行うこととした。
デイケアを利用する一定の基準に該当する統合失調症患者を対象に協力者を募り、80名が集まった。80名を無作為に2グループに振り分け、40名を参加者として3か月間SSTを実施することとし、残りの40名は待機者とした。SSTが始まる直前の3月末と、SSTが終わった7月上旬に、参加者・待機者ともに尺度を用いたアンケートを実施した。
その結果を分析すると、参加者は待機者に比べSST実施後に生活技能が高まっていた。
なお、調査終了後待機者にもSSTを実施した。次のうち、この調査で使われた社会調査の手法として、適切なものを1つ選びなさい。
1 ランダム化比較試験(RCT)2 コホート調査3 グラウンデッド・セオリー・アプローチ4 標本調査5 横断調査
選択肢1が正解です。実験群と統制群に分けているので、ランダム化比較試験です。
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次は、量的データの分析法として、統計的仮説検定を学びます。
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